荒々しい山容と、蒼蒼とした尾根が続く初秋の那須岳
茶臼岳1898m、三本槍岳1917m、朝日岳1896m
2009年8月22日(土)〜23日(日)
隈笹の葉面が、尾根から尾根へと渡る風にそよいでいる。キラキラと反射しながら幾重にも幾重にも、まるで大海原を、静かにたゆとうように蔽い尽くしている。空は、確かに夏の真っ青な空が広がるが、ところどころ羊のような雲が遊び、蜻蛉が木々の上で戯れている。8月とはいえ、立秋は過ぎ、もう処暑。秋のたたずまいが、道端に、木々の梢に、空に、そして頬をなでる風に感じられる。
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「もののふの矢並つくろふ小手の上に霰(あられ)たばしる那須の篠原」
かの昔、源頼朝が那須の大地で巻狩りを楽しんだ那須もやはり一面笹原で覆われていたようだ。ここでいう那須は那須岳の麓の那須野だが、その那須を代表する那須五山(黒尾谷岳、南月山、茶臼岳、朝日岳、三本槍岳)のうち茶臼、朝日、三本槍を那須岳という。コニーデ型の茶臼岳からは今も噴煙が上がり、峰の茶屋をはさんで、火山特有の赤茶けたザレた岩塊が荒々しく、谷間に切れ落ちている。自然の冴えた彫刻刀の造形だ。かと思うと西側、北側の山肌には濃い緑の樹林を抱える夏山が素晴らしい景観を見せている。全く異なる山の表情だ。
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峠の茶屋の県営駐車場から標高にして約300m。風の通り道の交差点、峰の茶屋に上がる。茶屋といってもあるのは避難小屋だけだ。南に行けば茶臼岳、北に行けば朝日岳から三本槍岳へと尾根で結ばれる。まずは、ごろごろした岩を巻きながら茶臼の山頂に向かう。左手から来るロープウェイ経由の登山客と合流しながら那須岳神社の鳥居をくぐると、新しく整備された山頂標識のある茶臼岳の頂上だ。天気は晴れ。360度のパノラマだ。日光連山、日光白根山、会津の山々が広がる。お鉢巡りをしながら下山し、峰の茶屋にいったん下りた後、三斗温泉小屋に向かう。延命水の水場を通り過ぎると、道は平たんで歩きやすい。木々の間を縫いながら小半時、2軒の湯治場が見えてくる。今夜の宿は、手前の煙草屋だ。今も荷揚げはボッカで行い、歩いてしかいけない秘湯だ。煙草屋には露天の混浴風呂があり、沈む夕日を見ながら、あるいは四季の山の表情を眺めつつ、ゆったりとちょうどいい温かさの温泉に浸ることができる=写真=。
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翌朝7時に小屋を出るころは、さわやかなすばらしい天気となり、歩き始めた山道にはススキの穂がやさしく揺れ、素晴らしい山行を予感させる。硫黄臭の強いガスが吹きあがる源泉の脇を通りながら、隠居倉へのきつい急坂を、鎖を頼りに上りつめる。樹林が途切れ、尾根に出ると、いっぺんに眺望が開ける隠居倉だ。ここから朝日岳、三本槍岳への稜線に出るのは、そう時間はかからない。閉口するのは強風だ。ややもすると身体を持っていかれそうな強い風が吹き荒れ、足をふんばり、着衣を必死におさえる。風交点の熊見曽根の分岐から清水平の湿原まで下る。ここから40分ほどで第二のピーク、三本槍岳に達する。比較的、楽な道だ。三本槍というと、いかにも荒々しい岩峰を想像させるが、おだやかな山頂に過ぎない。かつて、この山頂は下野、磐城、岩代の3つの国の境となっていた。その国境で、3つの国の所領確認のために毎年5月5日の節句の日に、槍を携えた各藩の武士が登頂し、頂上で三本の槍をそろい立てしたという。一方、熊見曽根から分岐する崖道を上がる朝日岳は、まさに峨々たる山容と呼称するにふさわしい峰だ。下山は、ここから峰の茶屋に一気に下るが、かなり険阻な岩をおりなければならない。標高にすれば峰の茶屋まで180mの下りに過ぎないが、緊張の連続を強いられる最後の難所だ。
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鉄錆のような山頂近くの岩くれの端に身をおいて、今歩いてきた稜線を振り返ってみる。つい1、2時間ほど前に、確かに自分の足で歩いた道が山頂に向かってのたうつように延びている。雲が動き、夏の日の光が足元にもある。前にきたのは何年前だったろうか。2度、3度きても記憶がつながらない。以前も、こうして山並みを左右に追って、地上のはるかな景色をぼんやりと眺めていたのだろうか。太古からの自然を前に、小さな小さな自分を感じる瞬間でもある。(G)
コース記録
【22日】清澄白河6:30=10:30那須・峠の茶屋10:45…11:45峰の茶屋12:00…12:45茶臼岳12:50…峰の茶屋…14:40三斗温泉・煙草屋(泊)
【23日】煙草屋7:00…8:12隠居倉…8:50熊見曽根東端…清水平…10:10三本槍岳…10:50清水平…12:05朝日岳12:15…12:55峰の茶屋…13:35峠の茶屋=13:55国民休暇村那須(日帰り湯)14:50=20時ごろ帰京